徳島に生まれ、料理屋の三代目として日本料理を生業にしてからというもの、徳島の風や土や川、獲れる魚や野菜、はたまた料理法自体も郷土料理といった土地に根づいた料理と切っても切れない環境の中にいます。
若き日に料理人を志して、大阪や京都で奉公したときも、いつも故郷の土地を忘れたことはないし、素材にたいするあこがれや畏敬の念を持っていました。
徳島に帰って、自分の店で自分の料理を作り始めたとき、よりいっそうそのことを意識して、約十年かけて徳島という土地を、山や川や農村などをつぶさに訪ね歩いたり、しあわせなことにいろんな料理の講習会や公演に招かれたり、あるいは産物の育成のお手伝いもしたりしました。同じように、四国四県の他のいくつかの土地も訪れることができました。
そうこうするうちに、はっきりとはしないけれども、自分が作っている料理という大きな海がチョコレートのようになっていて、そこに小さな渦がいくつかできている。それは必ずしも大きなチョコレートの海の真ん中にあったわけではなく、表層にあったり、沈んでみたり、端っこに寄ったりしながら、いつも動いていたような気がします。何年か経って、ふと気がつくと、自分自身の練度や心の想いがひとつの大きな渦にまとまってきて、チョコレートの海の中心に、釣りでいう浮きのようなものができていて、そこを中心にすべてのことを見ることができるようになりました。
そんなものができはじめて迷いがなくなってきたときに、フランスに行くことができるようになり、ヨーロッパの国をいくつかまわって料理を見たり、彼の地の人々と付き合ったり、仕事をしたり、いろんなことがありました。でも、私の浮きは、それぞれの国で起こる荒波や渦巻きにも沈むことなく、たくさんのものを見聞きすることができました。
こうして振り返ってみると、たしかに自分の技術や知識に足りないものを感じたり、想いの深さや読みの浅さを、いろんな場所で学ぶことはあったけれども、素材に関しては遅れをとっていると思うことはありませんでした。ずいぶん冷静に見ているつもりなので、単なる身贔屓ではないと思うのですが、故郷・徳島は、なかなかおもしろい土地柄であると、そのよさを一層痛感するようになりました。




